発展編 第6章 経験者談 2 「仕事の獲得法」 津田晶子 大学の文学部中国文学科卒業後、98年、米国大学主催の英語エッセイコンテストで2位になり、奨学金を得て日本キャンパスに入学。2000年、教育学修士号を取得。航空会社地上職勤務を経て、英日翻訳者に。雑誌、字幕、ウェブサイトなど、幅広い分野で翻訳をしている。 なりたい人はたくさんいる 私が、SOHOでビジネス翻訳をしていると知ると、「私も、家で翻訳したいのですが」と言う人が多い。理由はさまざま。「今の収入では不満」「老後の楽しみに」「子どもが寝た後にできそう」など。まったく面識のない方から「翻訳で食べていけますか?」なんて、手紙をいただいたこともある。正直言ってびっくりしたけれど、まあそれだけ「なりたい人」が多い職業なのだろう。別に、私が翻訳者になった経緯なんて企業秘密でもないから、できるだけ、きちんとお答えするようにしている。まあ、私のような駆け出しに聞かなくてもと思いながら…。 私の初仕事 初めてSOHOとして翻訳のお仕事をいただいたのは、95年のこと。夫が東京から名古屋に転勤になったため、私は航空会社を退職した。子どもはまだいなかったが、29歳になっていたため、いまさら正社員になる気にもなれなかった。私の特技はワープロと英語。働きながら、英検1級とワープロ検定2級を取得しておいたのは正解だった。新聞広告を見て、ある自動車会社の社内翻訳者に応募し、合格した。家が遠いため、「じゃあ、在宅で」ということになった。SOHOという言葉も認知されていなかった頃の話だ。パソコンや専門用語も仕事をしながら覚えていった。それ以来、翻訳コンクールでの受賞、他社のトライアルに合格と、少しずつ仕事の幅を広げていき、今に至っている。翻訳という仕事が私の性分に合っているのだろう。この5年間に出産も経験したが、不思議と「翻訳をやめたい」という気持ちにはならなかった。 なりたい人へ 最近、SOHOブームで「家で翻訳でもするか」というノリの人が増えたと聞く。「中国語を勉強したこともないのに、『中国語の翻訳の需要が増えると思うから』って女の子が来てねえ」とはある中国語翻訳コースの講師の話。外国語を自由に読みこなせてからが翻訳を勉強するスタート地点で、仕事にするとなるとずっと先になる。いまどき、大抵の企業には外国語ができる人くらいいるのだから、SOHOに外注する翻訳は@内容が専門的、A量が多い、B納期がきついもののいずれかだろう。だから、「老後に」「子どもが寝た後で」「サイドビジネスで」というのは、ちょっと難しいかもしれない。それでも「翻訳が好き」という人なら、きっと道は開けるはず。翻訳は決して華やかではないけれど、知的好奇心が満たされる仕事。がんばる人にはお勧めする。 |
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